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東京高等裁判所 平成9年(ネ)610号 判決 1998年4月28日

控訴人

医療法人誠壽会

右代表者理事長

井上壽一

右訴訟代理人弁護士

須田清

小林美晴

園部洋士

被控訴人

田中敏雄

田中ひとみ

右被控訴人ら訴訟代理人弁護士

森永友健

被控訴人ら補助参加人

川越乗用自動車株式会社

右代表者代表取締役

岩崎真人

被控訴人ら補助参加人

赤沢順一

右補助参加人ら訴訟代理人弁護士

岡村茂樹

青木孝明

設楽あづさ

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  控訴人は被控訴人らに対し、各金一〇〇七万七三一七円及び内金九一七万七三一九円に対する昭和六三年九月一四日から支払済みまで年五分の金員を支払え。

2  被控訴人らのその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審を通じこれを七分し、その二を控訴人の負担とし、その余を被控訴人らの負担とし、補助参加費用は、第一、二審を通じこれを七分し、その二を控訴人の負担とし、その余を補助参加人らの負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決中控訴人敗訴部分を取消す。

2  被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  本件事案の概要(争いのない事実等)

一1  田中優作(昭和五七年一月一三日生まれ)(以下「優作」という。)は、昭和六三年九月一二日午後三時三〇分ころ、埼玉県上福岡市仲二丁目一番八号先の市道の交差点(以下「本件交差点」という。)において、自転車(以下「本件自転車」という。)に乗って同交差点に北側から交わる道路(以下「北側道路」という。)から本件交差点に南側に向かって進入した際、同交差点の東側道路(以下「東側道路」という。)を西側に向って進行してきた補助参加人赤沢順一(以下「赤沢」という。)運転のタクシーである普通乗用自動車(日産セドリック)(以下「本件自動車」という。)と衝突し、頭部等に傷害(以下「本件傷害」という。)を負った(以下「本件交通事故」という。)。

2  赤沢は、補助参加人川越乗用自動車株式会社の従業員であって、本件自動車の運転は右補助参加人の業務として行われていたものである。

二1  優作は、右事故後直ちに、救急車によって控訴人が経営する上福岡第二病院(現上福岡総合病院)(以下「控訴人病院」という。)に搬送された。同病院長の井上壽一医師(以下「井上医師」という。)は、優作の頭部レントゲン写真を撮影するなどしたうえで頭蓋骨々折はないとの判断の下に、本件傷害は左頭部打撲挫傷、顔面打撲であるとの診断をしてその治療をし、入院の必要はないものとして優作を帰宅させた。

2  優作は、同日深夜容態が重篤になり、救急車により三芳厚生病院に運ばれたが、翌一三日午前零時四五分、同病院において頭蓋骨折を伴う左側頭部打撲による左中硬膜動脈損傷を原因とする急性硬膜外血腫により死亡した(以下「本件医療事故」という。)(甲第六号証)。

3  井上医師は、控訴人の代表者であって、優作の診断、治療は控訴人の職務としてされたものである。

三  被控訴人らは、優作の父母として、優作の法的地位を相続(相続分二分の一)により承継した。

第三  争点

一  被控訴人らの主張

1  井上医師の診断治療行為(以下「本件診療」という。)には、次のとおりの過失が存するので、控訴人は民法四四条に基づき不法行為(以下「本件不法行為」という。)による損害賠償責任がある。

(一) 本件事故は優作が歩行中に乗用車に軽く接触したに過ぎないなどと本件傷害の契機の認識を誤るなど、正確な問診をすることを怠った。

(二) 優作には本件傷害として左頭部打撲挫傷、顔面打撲の他にも左側胸部打撲、左側肺の軽度圧迫、左右膝蓋内側の打撲傷、左下腿前側打撲傷(以下「その他の負傷部分」という。)も存したのにこれを看過するなど、受傷部位の正確な判断を怠った。

(三) 本件傷害後、六時間以内にCTスキャナーによる検査(以下「CT検査」という。)をすれば、本件傷害による硬膜外出血を発見できたのに、CT検査をすることを怠った。

(四) 本件傷害後少なくとも六時間は、優作を控訴人病院に留めてその経過観察をすべきであったのにこれを怠った。

(五) 優作に付き添っていた被控訴人田中ひとみ(以下「被控訴人ひとみ」という。)に対し、本件傷害による硬膜外出血等の可能性を教示し、かつ、その具体的症状を説明して、優作の経過観察をすべきことを指示することを怠った。

2  本件不法行為による損害は、次のとおり被控訴人ら各自につき金三四九一万九八〇九円である。

(一) 優作の逸失利益の相続分各二〇九一万九八〇九円

昭和六三年男子全年齢平均賃金 年四五五万一〇〇〇円

生活費控除 五〇パーセント

稼働可能期間満一八才から六七才まで 四九年間

中間利息控除 新ホフマン係数18.387

(二) 被控訴人らの慰謝料

各一一〇〇万円

(三) 葬儀費用 各五〇万円

(四) 弁護士費用 各二五〇万円

3  よって、被控訴人らは控訴人に対し、不法行為に基づく損害賠償として各自金三四九一万九八〇九円及び同金額から前記弁護士費用を控除した内金三二四一万九八〇九円に対する不法行為後である昭和六三年九月一四日から支払済みまで民法所定年五分による遅延損害金の支払を求める。

4  (控訴人の過失相殺の主張に対する反論)

本件死亡事故に対する本件交通事故の寄与度はわずか数パーセントにすぎず、本件診療過誤が本件死亡事故に寄与しており、本件交通事故について優作の過失相殺事由があっても、公平上、控訴人の損害賠償責任を定めるに当たって考慮すべきではない。被控訴人田中ひとみに看病上の過失はない。

二  控訴人の主張

1  井上医師は、本件診療においての問診義務を尽くしている。その問診においては、本件傷害の契機となった本件交通事故の内容は、付き添ってきた被控訴人ひとみから「優作は、歩行中にタクシーと軽くぶつかったものである。」との説明を受けたため、本件事故の内容をそのように認識したものである。

また、本件傷害の内容は、優作の外傷は軽度の左頭部打撲挫傷及び顔面打撲のみであったので、本件事故によって優作の受けた衝撃は軽微なものであったと判断したものである。

2  井上医師は、本件診療に当たっては、前記問診の他、視診、触診をし、頭部についてはレントゲン撮影で頭蓋骨骨折のないことを確認して本件傷害の程度、部位等の診断をした。その診断において、硬膜外血腫を発見することはできなかったこと、又は、硬膜外血腫が発生する虞れがあることの診断をしなかったことに、過失はなかった。

3  井上医師がおかれた本件具体的事情のもとにおいては、前記診断をレントゲン撮影による検査等に基いてしたことについては、その検査が不十分であったとすることはできない。当時の状況からすると、臨床医学上優作に対してCT検査を実施すべき必要はなかった。

4  井上医師は、前記のとおり優作に硬膜外血腫が発生する虞について、予見しなかったことは当時の状況から過失はなく、また、被控訴人ひとみに対して、優作の経過観察については注意を与えたのであるから、優作の観察すべき具体的症状を摘示するなどして、その経過観察を指示しなかったとしても過失はない。

5(一)  仮に、井上医師に本件診療に何らかの過失が存したとしてもそれは極めて軽微なものであるところ、本件死亡事故の発生に関しては、優作が控訴人病院から帰宅した後に、被控訴人らにおいても、井上医師の経過観察の指示に基づいて優作の症状についてより注意を払い、より早期に医師の指示を仰ぐべきであった。この点に関しては被害者側にも五〇パーセントの過失相殺をすべき事由がある。

(二)  また、本件死亡事故の発端となる原因は、本件交通事故にあるところ、同交通事故は優作のいわゆる飛び出し事故であってその過失も大きいのであるから、本件死亡事故についての損害賠償額の算定に当たっては、本件交通事故に関しても優作にも三〇パーセントないし五〇パーセントの過失相殺をすべき事由がある。

(三)  本件死亡事故に対する本件診療上の過失の寄与度は少なく、本件交通事故の寄与度が大きいうえ、本件交通事故における優作の過失割合も大きいから、各原因者の寄与度に基づく割合認定をして損害賠償責任の範囲を分別して限定すべきである。

6  補助参加人川越自動車が加入していた保険契約により、昭和六三年九月一三日、被控訴人らに対し、葬儀費用の一部として金五〇万円が支払われたから、その分の損害が填補された。

第四  争点に対する判断

一  本件交通事故について

1  甲第一号証、乙第四号証の一ないし八、一一、三一、証人赤沢順一の証言及び弁論の全趣旨によれば、本件交差点における優作が本件自転車を運転して進行してきた北側道路の幅員は、側溝部分を含めると約4.8メートルであって、同道路の本件交差点の入り口の進行方向左側の角はブロック塀になっているため、本件交差点に東側道路から進行してくる車両等の見通しは不良であること、その角には一時停止の標識とカーブミラーが設置されていること、他方、赤沢運転の本件自動車が進行してきた東側道路の幅員は、側溝部分を除めると約7.6メートル(二車線)であること(ただし、優先道路ではない)、優作の乗っていた本件自転車は、子供用自転車ではあったが六段変速機付きのいわゆる軽快車であって、優作は、本件交差点への進入に際しては、一時停止を怠って時速約一五キロメートルの速度で進入したこと、赤沢は、本件交差点の手前で進行方向に右側角部分にブロック塀があるため、北側道路から進入してくる車両が見にくい本件交差点の存在に気付いたが、同道路には一時停止の標識もあるため、一時停止をしないで左右の安全を確認しないまま本件交差点に進入してくる車両はないものと軽信し、そのままの速度でその安全を十分確認しないまま本件交差点に進入しようとしたところ、北側道路から一時停止もせずに本件交差点を横断する形で優作が本件交差点に進入してきたのを認めたことから、急制動をかけると共に左転把したが避けきれず、本件自動車の右前車輪上部付近側面と同所バックミラー付近とを本件自転車に接触させたため、優作は、本件自転車と共に舗装道路上に転倒し、路面にて左側頭部等を強打し、左頭部・顔面打撲挫傷の本件傷害を負ったものであること、しかし、本件自動車と本件自転車の衝突の衝撃自体は極く軽微であって、本件自動車の前記接触部分に殆ど気づかない程度の払拭痕とバックミラーにわずかな傷がついた程度であり、本件自転車についても左側ライトが曲り、左ハンドルに擦過痕が生じた程度であったこと、また、本件傷害もその外見上は、頭部に軽く皮下出血があり、顔面の表皮に軽い挫傷が見られるだけのものであったことが認められる。

二1  甲第二八号証、同第三〇号証、乙第四号証の一一、一二、二〇ないし二三、証人赤沢順一の証言及び被控訴人ひとみの本人尋問の結果によれば、本件事故直後、これに気付いた近隣の者によって救急車の出動が要請されたこと、これを受けた救急車が本件事故現場に本件事故の約五分後に到着(救急車の現場到着が一五時三六分であることは、救急出動原票《乙四の二一》から明らかである。)したときは、優作は、本件事故を知って駆けつけた優作の親戚の者に道路端に半座位の形で抱かれており、優作の乗っていた自転車は既に脇に片付けられていたため、救急隊員には直ちには優作が自転車に乗っていたときの事故であるとは判らない状況であったこと、優作の負傷の程度は外見上軽微であり、また、優作の意識もはっきりしていたが、救急隊員は、事故は頭部の負傷が存する交通事故であったので、救急車への乗車を拒否していた優作を説得して前記親戚の者と共に乗車させようとしたこと、そのとき通報を受けて優作の母親である被控訴人ひとみが駆けつけて来たので、救急隊員は優作と被控訴人ひとみを救急車に乗せて、控訴人病院へ向ったこと、控訴人病院には本件事故から一五、六分後の午後三時四六分に到着したこと、ただし、本件救急車による搬送を担当した救急隊員は、優作の本件傷害の契機については、関係者ないしは目撃者等の事故現場にいた者(何人からの聴取の結果かは証拠上明確ではない。ただし、救急出動車による場合には、負傷者等の病院への搬送を急ぐため、負傷の契機等の聴取は救急車の中で病院への搬送の途中に、負傷者等の本人ないしその付添者として同乗したものからされるのが通常ではあるとは推認されるものではある。)からその聴取をしたときには、普通乗用車(タクシー)と歩行者の衝突事故であるとの説明がされたことが認められる。

2  甲第一ないし第八号証、同第三〇号証、乙第四号証の一一、一二、二四、二五、検証の結果、証人赤沢順一の証言、被控訴人田中ひとみの本人尋問の結果、控訴人代表者本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、優作は、控訴人病院に到着後は救急隊員や看護婦等の手を借りることなく自力で歩行して診察室に入ったこと、また、優作に付き添ってきた被控訴人ひとみも診察室に入ったこと、井上医師は、消化器外科が専門であったが優作を診察し、その左頭部には軽く皮下挫傷による点状出血があり、その顔面には顔面表皮に軽い挫傷があることを認めたが、優作の意識は清明であって、自力で歩行しその客観的様子には何らの異常は感じられなかったこと、そして、優作は頭部、顔面の右負傷部分に傷の痛みがあると訴えたのみであったこと、また、井上医師は、本件傷害の契機は、優作はタクシーと軽くぶつかったものである旨の説明を受けたことから、本件交通事故は優作の歩行中の軽微な事故であるとの認識を有するに至り、診療録には「歩行者―タクシーと衝突、軽く」との記載をしたこと(なお、井上医師は、優作を搬送してきた本件交通事故は前記のとおり優作の歩行中の事故であると認識していた救急隊員から、本件傷害の契機の報告を受けたこともなかったし、その聴取をしたこともない。また、救急車の後を追って控訴人病院にきていた赤沢からは、本件診察後に「軽くちょっとぶつかっただけである。」と本件事故の態様を告げられたのみであった。)、しかし、井上医師は、本件傷害の部位が頭部であることから、優作の頭部正面及び左側面からエックス線撮影を各一枚撮って検討したが、優作の頭側部には線状骨折を発見するに至らなかったこと、そこで、井上医師は、優作は本件交通事故によって頭部に強い衝撃を受けたことはなかったものと判断して、本件負傷部分を水洗して消毒し、化膿を防止するために抗生物質を服用させる治療をしたこと、そして、優作と被控訴人ひとみに対しては、「明日は、学校へ行ってもよいが、体育は止めるように。ただし、明日も病院に診察を受けるために来るように。」と指導したほか、「何か変わったことがあれば来てください」と一般的な注意を与えたこと、そして、右診断結果等からさらに優作について頭部のCT検査をしたり、控訴人病院に優作を相当時間留めて経過観察をするまでの必要はないとして、優作の帰宅を許したことが認められる。

3  甲第六、第七号証、同第二七号証、同第三〇号証、乙第三号証、同第四号証の一二ないし二〇、三三、同第八号証、証人高津光洋の証言、被控訴人田中ひとみ本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、優作と被控訴人ひとみは、同日午後四時三〇分ころ、控訴人病院を出て、警察署に立ち寄って本件交通事故についての簡単な事情聴取を受けた後、同日午後五時三〇分ころ自宅に戻ったこと、優作は、右帰宅直後に、気分が悪いと訴えて嘔吐したこと、そして、眠気を訴えたので、被控訴人ひとみらは、優作は今日の出来事で疲れたものと考えて布団を敷いてやったところ、優作は、同日午後六時半ころには睡眠してしまい、空腹を訴えることもなく夕食も摂らなかったこと、優作は、同日午後七時ころには、鼾をかき、涎を流し、かなり汗をかくような状況になったため、被控訴人らは、多少の異常を感じたが、優作は通常も鼾をかいたり、小児によくあるように涎を流して寝ることがあったので、右状態を重大なこととは考えず、同七時三〇分ころには、優作に氷を使用させてそのままにしておいたこと、そして、同日午後一一時ころには、優作の発熱が酷くなったので検温したところ、三九度を超えていることを確認したこと、そしてその後、優作は痙攣様の症状を示したり、同一一時五〇分ころには鼾をかかなくなったりしたこと、被控訴人らは、右優作の右状態に至って初めて優作においては重篤な状況にあるものと疑い、翌一三日零時一七分ころ、電話で救急車の出動を要請したこと、救急車は、同二五分には、被控訴人ら方に到着したが、当時の優作は、既に脈は見られず呼吸も停止している状態であったので、救急隊員は、救急車内で優作に対して心臓マッサージを施すと共に嘔吐物の吸引排除措置を講じ、同零時四四分に、三芳厚生病院に搬送したこと、しかしながら、優作は同病院に搬入された時には、既に心停止、対光反射はなく、四肢は冷感し、チアノーゼが発現している状態であったこと、同病院では優作に対する集中的な救命措置を講じたが効果がなかったため、医師は、同日午前三時〇六分、親族にその死亡を告知したこと、なお、優作の正式な死亡原因と時刻は、診断の結果と前記搬入時の症状等から急性硬膜下血腫で同日零時四五分とされたことが認められる。

4  甲第二ないし第七号証、同第一〇ないし第一二号証、同第二七ないし第二九号証、同第三三ないし第四三号証、乙第三号証、乙第四号証の一九、三三、乙第九号証の一、二、同第一〇号証、同第一一号証、検証の結果、鑑定の結果、証人千ケ崎裕夫の証言、証人高津光洋の証言及び弁論の全趣旨によれば、右死亡後優作は解剖に付されたが、それによれば、優作の本件自動車事故における本件傷害は、外観上は前記のとおり左頭部顔面打撲挫傷であるが、そのうち左頭部の負傷部位は正確には左側頭部で左耳介頂部の上わずか前方七センチを中心として左右径五センチのものであったこと、その傷害を惹起した頭部打撲により、前記頭部レントゲン撮影による検査では同所付近の頭部骨の重なり合い等の原因から発見し得なかった「左頭頂骨前下端部に近いところから、前下方に走り、左蝶形骨上端部の端を経て左側頭骨前端を前下方に向い、岩様部直前に至って止まる、その長さは頭蓋外面では七センチメートル、内面では八センチメートルである線状骨折一条」が実際には存在したこと、そのため右骨折部分付近の左中硬膜動脈の損傷による出血により、右骨折の頭蓋内に左右径八センチメートル、上下径九センチメートル大の凝固した硬膜外血腫(五〇ミリリットル)が形成され、優作は硬膜外血腫で死亡したものであること、右解剖によって判明した所見によれば、優作には本件交通事故後硬膜下に出血が始まりそれが進行したため、優作が帰宅した前記一二日午後四時三〇分ころには、右脳出血による脳圧の亢進により気分が悪くなり嘔吐する等の症状が発現し、同六時半ころには傾眠症状を示して鼾、涎を伴う睡眠が始まって脳の機能障害が発生したことが明らかになったこと、そして、同一一時ころには、その治療が困難な程度である痙攣様の症状を呈す除脳硬直が始まり、そのため同一一時五〇分ころには自発呼吸が不可能に至ったものであったことが認められる。

5  そして、前掲各証拠によれば、頭部打撲においては、小児の場合には、意識清明期が成人より長いことも多く、また、骨折を伴わず(ただし、臨床的には重篤な結果をもたらしたケースでは、実際には殆ど骨折を伴っているとされている。)に硬膜外血腫が発生して急性硬膜外血腫に至ることがあること、また、頭蓋骨の陥没骨折、脳挫傷等のようにその傷害自体によって直ちに脳の機能障害が発生する場合を除き、硬膜外血腫は、当初相当期間の意識清明期が存することが特徴であって、その意識清明期の後、頭痛、嘔吐、傾眠、意識障害等の経過をとるもので、脳障害である除脳硬直が開始した後はその救命率は著しく減少し、仮に救命に成功したとしても重い後遺障害が残存する虞が高いものであること、ただし、硬膜外血腫については、早期に血腫除去を行えば予後は良く、高い確立での救命の可能性があるものであること、そこで、頭部に強度の打撲等の衝撃を受けた虞があると見られた患者には、医師はその診察時においては、硬膜外血腫に基づく具体的症状(頭痛が酷くなる、吐き気が強い、呼んでも応えない、はっきり返事をしない、鼾をかいて寝てしまい呼んでも起きない等)を説明して患者の経過観察を怠らないように看護者に注意することが臨床のレベルでも一般的に行われていることが認められる。

ただし、右掲記の医学文献である各証拠、いずれも医師である証人井上壽一、同千ケ崎裕夫の各証言並びに弁論の全趣旨によれば、医師は患者の傷害部位、その程度並びに問診、診察時の患者の様子等によって、その傷害の契機からして頭部に著しい衝撃はなく硬膜外血腫の存在の疑いがないと見られる場合には、頭部のレントゲン検査はともかく、確認のための目的のみでCT検査までは行わないことが臨床では多いこと、また、CT検査においては、かなり少量の硬膜外血腫が存することを発見出来ることもあるが、骨折線の位置等の当該傷害についての詳細な情報が存在しない場合には、傷害直後の検査では、その出血が少量であった場合にはその発見が困難な場合も多いことも認められる。

三1  前記認定にかかる本件交通事故に関する事実関係によれば、赤沢には、本件交差点に進入するに際して自動車運転手として遵守すべき注意義務を懈怠した結果本件事故を惹起した過失があるものと認められる。

(なお、本件交通事故の発生に関しては、優作にも自転車の運転手として、本件交差点に進入するに際しての一時停止義務、左右の安全確認義務の懈怠が存するのであるから、前記本件交通事故等の状況等を総合勘案すると優作側に三割の過失相殺事由があると認めるのが相当である。)

2  本件診療に関して、被控訴人らは、「井上医師は、正確な問診をすることを怠った。」旨主張しているが、井上医師は、本件傷害の契機となった本件交通事故を歩行中の優作が本件自動車に軽く接触したものであると誤って理解していたことは前記のとおりであるが、それに関しては控訴人病院に優作を搬送してきた救急隊員も同様に間違った認識を有していたこと、優作の問診を行ったときには被控訴人ひとみも付き添っていたことなどからすると、井上医師の問診が不十分であったため、右間違いが生じたものとは到底考えられず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

また、被控訴人らは、「井上医師は、優作の受傷部位の正確な把握を怠った。」と主張しているが、井上医師の診断は本件傷害は左頭部及び顔面の打撲と挫傷であるとしたことは前記のとおりであるところ、前掲甲二七(鑑定書)によれば、死後優作の身体には、前記打撲傷と挫傷のほかに、左側胸部打撲、左右肺の胸膜下出血、左右膝蓋内側の打撲傷、左下腿前側打撲傷等のその他の負傷部分が存したことは認められる。しかしながら同証拠によれば、右の肺の胸膜下出血が生じた原因は、優作に対する前記救命措置による可能性も否定できないことが認められ、その余の右各傷害が本件死亡事故の死因であることや、右各傷害の看過が本件死亡につながったことを認めるに足りる証拠はない。

また、被控訴人らは、「井上医師は、本件診察ないしその後に際してCT検査を行うべきであった。」と主張しているが、前記のとおり、医師は、その傷害部位、程度またそれが生じた契機等からして頭部に著しい衝撃が加わった虞があって硬膜外血腫の存在の疑いが認められる場合には、脳出血の診断に優れているCT検査を行うべきではあるが、臨床上診察の結果右疑いがないと判断されるときにも必ず同検査を行わなければならない必要はないと解されるので、井上医師の前記診断によれば、優作について直ちにCT検査の必要を認めなかったことは、当初診断の際の状況からしてやむを得なかったものと判断されるが、鑑定の結果及び証人高津光洋の証言によれば、経過観察をしていたらCT検査をすべきであったという状況が出現した可能性も否定できない。

さらに、被控訴人らは、「井上医師は、優作を本件傷害後、少なくとも六時間優作を控訴人病院に留めてその経過観察をすべきであったのに、同人を帰宅させてこれを怠った。」と主張しているが、鑑定の結果によれば、前記本件診療の経緯と優作の状況からして、優作を控訴人病院に留めて経過観察をせず帰宅を許可したことにつき、医師の処置判断としてはやや安直過ぎるものといわざるを得ず、この点に過失があるといわざるを得ないが、仮に優作を帰宅させるのをやむを得なかったとしても、硬膜外血腫においては、脳内出血が存しても当初相当期間意識清明期が存在することがあることが特徴であり、また、小児の場合には、頭蓋骨骨折を伴わずに硬膜外への出血が発生している可能性もあるのであるから、その診療に当たった医師は、外見上の傷害の程度には拘わらず頭部に強い衝撃を受けている可能性が皆無と言えないことが多い交通事故等による頭部負傷者に対しては、事故後に意識が清明であっても、その後硬膜下血腫の発生に至る脳出血の進行が発生することがあること、その典型的な症状は、意識清明後の嘔吐、激しい頭痛、ぼんやりしてその応答がはっきりしなくなる、異常に眠たがる(傾眠)、睡眠時にいつもより激しい鼾、流涎がある、呼んでも目覚めない等であることを具体的に説明して当該患者ないしその看護者に、右症状が現れる本件事故後少なくとも約六時間以上は慎重な経過観察と、右症状の疑いが生じたことが発見されたときには直ちに医者の診察を受ける必要があること等の教示、指導するべき義務が患者を帰宅させる場合には存するものと判断される。

本件においては、井上医師は、優作の看護者である被控訴人ひとみに対して、前記硬膜外血腫が発生したときの症状については何らの説明もすることなく、また、「明日は、学校へ行ってもよいが、体育は止めるように。」と暫くの間激しい運動を控えるように指導するとともに、優作の本件交通事故後の経過観察等の必要から「明日も診察を受けに来るように。」「何か変ったことがあれば来てください。」と一般的な指示、指導をしたに止まり、右指導、指示の意味が帰宅後優作の硬膜下出血その他の脳内出血の有無の確認に重要である旨の説明、経過観察として注意すべき優作の具体的症状についての説明を懈怠し、交通事故によって頭部に負傷した患者に対する経過観察の指示、説明としては不十分であったものと解さざるを得ない。

したがって、井上医師には、本件診療行為につき右の点についても過失が認められる。

他方、本件医療事故の発生に関しては、本件交通事故の影響以外の原因が存在しない状況下において、優作は、帰宅直後、嘔吐したり、夕食も欲しがらずに鼾をかいて、涎を流して寝込んでしまったもので、優作が普段も睡眠中に鼾をかいたり、涎を流すことがあったとしても、通常、脳の機能障害が生じたことから睡眠に至ったときには、その鼾、流涎は通常の程度を超えるものであり、呼んでも目覚めない等通常の状態とは差異があることが普通であるから、また、被控訴人らにおいては優作の状態が氷枕の使用が必要であると考えたのに、右症状に対する判断の誤りからその後優作に前記除脳硬直が発生して呼吸停止が生じたその四時間ないし五時間後まで何らの措置を採ることもなく、そこに至って初めて優作が重篤な状態に至っていたことを気付いたのは前記のとおりであって、井上医師の前記指示が具体的でなかったことを考慮しても、これは優作の保護者である父母としての優作の経過観察及び保護義務に懈怠があったものというべきである。

したがって、本件医療事故に関する優作ないしその相続人である被控訴人らには、一割の過失相殺事由があると認めるのが相当である。

四 以上によれば、被害者である優作の死亡事故は、本件交通事故と本件医療事故が競合した結果発生したものであるが、その原因競合の寄与度を特定して主張立証することに困難が伴うこともあるから、被害者保護の見地から、本件交通事故における赤沢の過失行為と本件医療事故における井上医師の過失行為は共同不法行為として、被害者は、各不法行為に基づく損害賠償請求も分別することなく、全額の賠償請求をすることもできると解すべきであるが(その場合不法行為者同士の内部分担については当該共同不法行為における過失割合に従った求償関係によってこれを処理すべきことになる。)、本件の場合のように、自動車事故と医療過誤のように個々の不法行為が当該事故の全体の一部を時間的前後関係において構成し、しかもその行為類型が異なり、行為の本質や過失構造が異なり、かつ、共同不法行為とされる各不法行為につき、その一方又は双方に被害者側の過失相殺事由が存する場合は、各不法行為者の各不法行為の損害発生に対する寄与度の分別を主張、立証でき、個別的に過失相殺の主張をできるものと解すべきである。そして、そのような場合は、裁判所は、被害者の全損害を算定し、当該事故における個々の不法行為の寄与度を定め、そのうえで個々の不法行為についての過失相殺をしたうえで、各不法行為者が責任を負うべき損害賠償額を分別して認定するのが相当である。

前記認定にかかる本件死亡事故の経過等を総合して判断するときには、本件交通事故と本件医療過誤の各寄与度は、それぞれ五割と推認するのが相当である。

控訴人は、優作に対して適切な治療がなされておれば救命率は九〇パーセント以上であるとして本件医療過誤の寄与度が、九〇数パーセントであると主張するが、井上医師の過失がない場合が即適切な治療が行われたことになるわけでないうえ、救命率が直ちに寄与度に結びつくわけでもないので、右の主張は採用できない。

五  損害について

1  過失相殺前の損害額各金二〇三九万四〇三八円(ただし、弁護士費用を除く)

(一) 逸失利益各金一一八九万四〇三八円

優作(昭和五七年一月一三日生)は、前記死亡時(昭和六三年九月一三日)満六才八か月であって、同人の稼働可能期間は満一八才から満六七才までの四九年間とするのが相当である。昭和六三年の賃金センサス第一巻第一表産業別・企業規模計・学歴計によれば、男子労働者の年間給与額は金四五五万一〇〇〇円である。そのうえで、生活費控除を五割とし、中間利息をライプニッツ式計算法(係数10.454)により控除して、優作の逸失利益を計算すると金2378万8077円(455万1000円×10.454×0.5)となる。

被控訴人らは、優作の法的地位を各二分の一の割合で相続により承継していることは前記のとおりであるから、被控訴人各自の承継した逸失利益は各金一一八九万四〇三八円となる。

(二) 慰籍料各金八〇〇万円

本件によって被控訴人らの被った精神的苦痛を慰謝するに足りる金額は、優作の家族内の地位(いわゆる一家の支柱ではない。)等に鑑みて、被控訴人ら各自八〇〇万円と判断するのが相当である。

(三) 葬儀費用各五〇万円

弁論の全趣旨によれば、優作については葬儀が行われたので、その葬儀費用については優作の家族内の地位を考慮して、被控訴人ら各自が出捐した葬儀費用のうち各金五〇万円を本件と相当因果関係にある損害と認める。

2  本件医療過誤に対する寄与度と過失相殺の適用

前記のとおり本件死亡事故に対する寄与度を五割、被害者側の過失相殺率を一割とすると、本件医療過誤における被控訴人らの各損害額は、各金917万7317円(2039万4038円×0.5×0.9)となる。

(因みに前記のとおり本件死亡事故に対する本件交通事故の寄与度を五割、被害者側の過失相殺率を三割とすると、本件交通事故における被控訴人らの損害額は、713万7913円(2039万4038円×0.5×0.7)となる。)

なお、乙第一二号証によって補助参加人川越乗用自動車が加入している保険契約により葬儀費用五〇万円が補填されていることが認められるが、これは分別された本件交通事故による損害賠償責任分に補填されたものと取扱うのが公平であり、控訴人の負担すべき損害賠償責任の補填の一部とは認められない。

3  被控訴人らは、本件訴訟の追行を弁護士である被控訴人ら訴訟代理人に委任し、弁護士費用の支払を約していることは明らかであるので、そのうち前記認容損害の約一割である各金九〇万円が本件優作の死亡事故と相当因果関係にある損害と認める。

六  以上によれば、被控訴人らの本件各請求は、各自金一〇〇七万七三一七円及び内金金九一七万七三一七円に対する不法行為後である昭和六三年九月一四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、それを超える請求部分は理由がないので棄却すべきである。

よって、本件控訴は一部理由があるので、原判決を右のとおり変更することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官鬼頭季郎 裁判官佐藤久夫 裁判官廣田民生)

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